2005年06月04日
黒船パソコンを撃退す!
伝説の低価格機:98FELLOW(17)
黒船パソコンを撃退す!
93年1月17日に98FELLOWはいよいよ発表・販売開始の運びとなりました。
98FELLOWシリーズは上位シリーズのWindows対応の最新スペックを満載した98MATEシリーズとともに大々的な宣伝が行われました。 DOS/V機との対抗を意識したCMの「速さは力」(98MATEは当時の最新・最高速の「i486DX2-66」を採用しWindows対応のVGA256色グラフ搭載、かつ、DOS画面のスクロールはハード・サポートの98アーキテクチャの方が断然に早かった)のキャッチフレーズが新聞やTVに流されました。
新製品は発売の数週間前から、主要な量販販売店に新製品情報がリークされて販売店側の評判・感触や仕入れ見込み数などの情報が入ってきます。
92年10月から日本上陸した黒船パソコン(コンパックProLineaなど)は93年の1月時点までは販売実数としてはそれほど大きくはなく、取り扱っている販売店の数もまだ限定的で実質的なインパクトはまだ少なかったのですが、何といってもマスコミで「コンパック・ショック、日の丸パソコンの危機」と大々的に報道され、一般にPC98への実体以上にマイナスイメージが広がり出していました。
そのような状況でNEC営業部隊やPC98をメインに扱っている量販販売店にとっても、PC98は遅れている・割高というイメージを払拭できる「破格の低価格DOSモデル:98FELLOWシリーズ、DOS/V機を凌駕する最新スペックのWindowsモデル:98MATEシリーズは売れる弾として大好評で迎えられ、新製品の認知度・関心も高く、販売の滑り出しは絶好調となっていきました。
発売開始後の93年1月〜3月の3ヶ月間の販売台数は併せて37万台の出荷を達成しました。
ちなみに、92年のNECのパソコン販売台数は117万台、93年の販売台数は132万台と大幅な伸びを見せました。
このようにして、黒船パソコンとの第1次対決はその日本市場への侵入を最小限に食い止めて大成功に終わりました。
98FELLOWの開発プロジェクト・メンバーや生産部隊もそのミッションを達成し大きな喜びと安堵感を感じていました。
しかし、後から考えるとこの「93年1月が日本のパソコン市場が実質的に開国して、それからの長い大競争時代の幕開けとなった重要な転換点」でした。
それは、この93年1月をきっかけにして、低価格化の流れがさらに加速、Windowsの出現によるソフト的に漢字障壁を乗り越えてPC98アーキテクチャーの強みが徐々に消失、第2の黒船とも言えるDELLが93年1月に日本市場に新たなビジネスモデルの「直販ビジネス」で参入、Gatewayの日本上陸など多くの内外PCメーカーが新規参入、その後のWindows95によるDOS時代の終焉、WINTELの寡占化の始まり、などの大きな転換が始まったからです。
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